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2006年10月31日 (火)

印象操作

中国で石油タンクが建設中に爆発、12人死亡(読売新聞より)

テロ? 中国・新疆で石油タンク爆発 12人死亡(朝日新聞より)

破壊工作の疑いを排除できないと・・・。

中国は印象操作も上手いですね。

破壊工作の疑いがあると言うと、まるで、新疆ウイグル自治区の独立運動グループが破壊したかのような印象を与えるからです。

当局が事故だと言っている以上、すぐにばれる嘘はつかないだろうから、今回の件は本当に事故なのでしょう。

ただ、テロの可能性を「人権団体」に指摘させるところが巧妙です。もちろん、当局の指示で動いているのでしょう。

東京裁判でも、これと同じ方法で完全に印象操作をされましたから。

中国は、歴史を忘れてはいけないといつも言っていますが、中国が戦後、日本に対して行った数々の仕打ちを日本は決して忘れてはいけないと思います。

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2006年10月30日 (月)

中国外交の真髄

駐日中国大使「日中関係、難局は去った」 (産経新聞より)

これが中国外交の真髄です。

日本に対しては、日本がパートナーであるかのようなことを言ってます。

しかし、中国国内に対しては全く逆の教育をしています。(参考:中華的生活「多少銭?」

その結果が、昨年中国で起きた大規模な反日デモです。

日本大使館襲撃

日本車に乗っている女性襲撃

反日デモ

日本は戦後60年以上もの間、一度も戦争をしていないにも関わらず、そのことを中国国民に伝えず、愛国の名の下に、反日運動を進めているのはどこの国か。

植民地支配と侵略に関して度重なるおわびの閣議決定を行っているにもかかわらず、そのことを一切中国国民に知らせない国はどこか。

植民地支配おわびの「村山談話」 踏襲を閣議決定(朝日新聞より)

歴史を鑑にしろと言っておきながら、戦後の日本の歩みを中国国民に伝えず、そればかりか昨年の官製反日デモについての謝罪を一切しない国はどこか。

この60年間の日本の歴史を評価せず、日本の敗戦前の歴史ばかり強調する国はどこか。

中国という国は、非常にしたたかな国です。

仮に中国が「友好」のメッセージを出してきても、騙されてはいけません。

と思っていたら、やはりやってくれました。

尖閣諸島への上陸阻止に抗議 中国外務省、日本側に (産経新聞より)

右手で握手をしながら、左手で殴ってくるのが中国外交です。

油断してはいけません。

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2006年10月29日 (日)

こういう時こそ腕の見せ所

履修逃れ 公教育は受験だけでない(27日、産経新聞社説より)

架空履修 全国の実態を明らかにせよ(26日、毎日新聞社説より)

主張としては社説のとおりだと思うのですが、現実問題として、未履修の高校生の扱いをどうするかというのは難しい問題です。

未履修のまま卒業してしまった人とのバランスの問題もあり、履修しないと絶対に卒業させないと言うことは厳しすぎると思うからです。一方で、ちゃんと履修している高校生とのバランスもあり、履修しなくても卒業できるということは、これもまたバランスに欠くと思うからです。

ここは文部科学省の腕の見せ所だとは思うのですが、とりあえず卒業させることを前提で、未履修分の履修を始めればいいのではないか。

履修できなかった分については、卒業した後の春休みにでも授業を行っていけば良いのではないか。それでも足りない部分があるのであれば、翌年度の土日に補習を行うか、何か課題の提出で授業に替えることを考えても良いのではないか。課題の提出で授業に替えるなどということは、文部科学省的には認められないのでしょうが、まあ、そこは大目に見てもらうとして。

では、すでに卒業してしまった人についてはどうするか。

まさか卒業証書を取り上げるわけにもいかないし、それぞれに新しい生活を始めていて補習を受けることは難しいだろうから、学校側がちゃんと謝るしかないわな・・・。

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2006年10月28日 (土)

自信を持てばいいのに

[教育基本法改正]「政争の具にしてはならない」(読売新聞社説より)

社説にも書いてありますが、教育基本法の改正については、政府案よりも民主党案の方が良いのではないかという意見を聞きますし、私もそう思います。

特に、民主党案では「日本を愛する心を涵養し」(前文)と書くなど、自民党でも書けなかった言葉をよく書いたなと驚かされます。

また、教育行政については、「民主的な運営を旨として行わなければならない。」(18条)と明示することで、特定団体による、学校現場の不当な支配を防ぐものとなっています。

このように、十分自信を持って良い内容となっているにも関わらず、民主党が審議引き延ばしをし始めているというのはどういうことなのか。

自分たちの案に自信がないということなのか。

それとも、自分たちの案が採用されるということは絶対ないということを良く分かっているから、とりあえず大胆な条文案を書いただけであって、本心は審議を引き延ばすことなのか。

本気で夏の参議院選挙に勝ちたいのであれば、内容で勝負をして欲しいと思います。

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2006年10月27日 (金)

公務員の不祥事

奈良の病欠職員 事なかれ主義なかったか(25日、産経新聞社説より)

「病欠」職員 なぜ、まかり通ったのか(26日、朝日新聞社説より)

産経新聞と朝日新聞の社説の論調が似ており、そのことにまず感動しました。

情けない話ですが、ここ数ヶ月の間に、立て続けに公務員の不祥事が発覚しています。

大阪市での不祥事(8月、読売新聞より)

京都市での不祥事(8月、読売新聞より)

奈良市での不祥事(10月、読売新聞より)

不祥事によって、公務員受験者数の減少や、内定辞退者が増えるといったことは確かにありますが、

上級職の内定辞退急増 不祥事多発で敬遠? (京都新聞より)

それ以上に深刻なことは、公務員や公務に対する信頼の低下です。

もともと公務員など信頼していないよという厳しい批判もあるかと思いますが、早く正常な組織に戻って欲しいと思います。

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2006年10月26日 (木)

作家の力量(続き)

文庫版 姑獲鳥の夏

文庫版 姑獲鳥の夏

一昨日の続きです。

本作品は導入部分で妖怪についての説明を行っていますが、その説明の際に、量子論を例に出して説明を加えています。

妖怪を説明するのに量子論です。

簡単にまとめると、観測してみなければどこに量子が存在するかということが確定できないという量子論の概念を使って、だから、妖怪をリアルに見たり感じたりできない(観測行為ができない人)にとっては、妖怪など存在しないが、リアルに見たり感じたり出来る人(観測行為が出来る人)にとっては、その妖怪が確かに存在する。

という説明です。

ある特定の妖怪がどこに存在するのかという質問は、ある量子がどこに存在するのかという質問と同じくらい、答えにくい質問だと理解しても良いのかも知れません。

なぜなら、観測してみないと分からない、というのが答えだからです。

もちろん、妖怪を見ることが出来る人は現在では非常に限られているはずですが、量子を観測できる人は多分非常に多いだろうという違いはありますが。

そして、この観測行為(見るという行為)が本作の事件を解決するヒントになっており、また、観測行為自体が対象(事件)に影響を与えてもいるのです。

すごい伏線でした。

星5つのお勧めです。

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2006年10月25日 (水)

検査基準は変わらないはず

日本製「SK-II」一転して危険性低い 中国当局(産経新聞より)

日本製化粧品の品質検査をするに当たって、その評価基準が変わったとのこと。

そもそもの話で恐縮ですが、化粧品の品質検査の基準というものは、突然変わったりするものなのでしょうか。

私は化粧品を検査したことがないので、このあたりのことには詳しくないのですが、検査の結果を評価するに当たって、その基準がわずかの期間の間に変わるなどということがあるのでしょうか。

いや、回りくどい言い方はやめましょう。

品質検査の基準と外交関係が連動して良いわけないだろう。

このように、中国という国は、国を挙げて難癖をつけてきていたのだということが良く分かりました。

今回と同様に、突然態度を変えてくることはあり得ます。

最近は友好的になってきたからといって、決して油断してはいけません。

・・・昨日紹介した本の感想の続きは、明日にします。

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2006年10月24日 (火)

作家の力量

文庫版 姑獲鳥の夏

文庫版 姑獲鳥の夏

京極夏彦さんのシリーズ5作目「絡新婦(じょろうぐも)の理」が名作だと聞き、ただ、これを理解するためには、1作目と2作目を読まないといけないという書評を読んだので、まずは1作目の本作を読んでみました。

もともとミステリー小説はほとんど読まないので、実はそれほど期待していなかったのですが、これは非常にお勧めです。

本書はミステリー小説ではありますが、著者の想いというか、主題がはっきりとしていて、本書の場合は、

「差別の克服」

と言えるかと思います。

あまり詳しく述べるとネタバレになってしまうので言えませんが、「差別の克服」ということについての著者の強い想いを感じました。

その一方で、本シリーズを通しての主題のようなものもあり、それを端的に示している主人公(京極堂)の言葉があるので、引用してみます(612頁)。

世界はいつも、何があろうと変わらず運行している。個人の脳が自分に都合良く日常だ、非日常だと線を引いているに過ぎないのだ。いつ何が起ころうと当たり前だし、何もおきなくても当たり前だ。なるようになっているだけだ。この世に不思議なことなど何もないのだ

他の作品を読んでいないので単なる推測ですが、主人公の京極堂の基本的な物の考え方を表している言葉なので、これがおそらく、このシリーズを通しての主題(及びトリックの構造)かと思います。

この作家は相当すごいと思うのですが、その凄さについては、明日書きます。

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2006年10月23日 (月)

志の低さ

過剰病欠、新たに4人 奈良市「処分を検討」 (産経新聞より)

同じ公務員として、全く格好の悪い話であり、人事課は一体どのような基準で職員を採用、教育していたのでしょうか。

あまりに酷い話です。

当該職員にしてもそれを管理する人事課にしても、公務員としての志がここまで低いとは情ない話です。

頻繁に市庁に出入り-有力市議と関係も【奈良市の休職職員】(奈良新聞より)

この事件をきっかけに、本当にやる気のある人が、働き甲斐を感じられるような職場になって欲しいと思うのでした。

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2006年10月22日 (日)

インターネット時代

中国の人権蹂躙映像が世界へ 亡命少年僧ら射殺(産経新聞より)

インターネットの普及で、情報が世界を駆け巡る時代になってきました。

YouTube(動画を共有、閲覧できるサービス)については、著作権侵害が指摘されたりもしますが、その一方で、このおかげで、一般の人が撮影した動画を閲覧することもできるようになり、仮にある国で報道規制が敷かれたとしても、このように世界中の人(一部の国ではアクセスできないのですが)が当該動画を観れるようになるとは、時代は変わりつつあるのだと思います。

中国は外交の上手い国なので、今回の事件については、天安門事件の時のような国際世論の反発を生じさせることなく、うまく火消しをすることでしょう。

なお、標記映像はこのYouTubeへのリンクから御覧いただけます。

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2006年10月21日 (土)

資源外交

サハリン1の日本向けガス600万トン、中国が獲得(読売新聞より)

残念ながら、サハリン沖の天然ガスの獲得競争では負けてしまいました。

最終的に中国側が買い取り価格を上げてきたということなので、ある意味仕方がなかったとはいえます。

エクソン側も、パイプラインを使いたいということなので、地続きの中国には利がありました。

中国は、世界的にも国内的にも、今後環境汚染が深刻な課題になってくるでしょうから、汚染度の少ない天然ガスに目をつけてくることはよく分かります。

現在、日本はイラクでの資源獲得に乗り出しているところなので、もちろん中国も名乗りを上げてますが、日本の挽回を期待したいと思います。

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2006年10月20日 (金)

実現できなくても議論は出来る

「核」論議 もう思考停止はやめよう(産経新聞社説より)

この主張に強く反対するわけではないのですが、そもそも、核保有の実現可能性があるのでしょうか。

核保有についての議論をすること自体が駄目だとは思いません。

安部さんが明確に否定されたことは良かったと思っていますが、そうではなくて、仮に、政府の重い立場にある人が、議論の必要性を述べたとしても、そのこと自体が駄目だとは思いません。

間違ったメッセージを世界に発信してしまう可能性はありますが、議論自体が駄目だと言うつもりはないのです。

ただ、議論の結果、最小限であっても、核武装をするべきだという結論が出たとして、じゃあ、本当に持てますかということに関して、強い疑問があります。

当然に、中国とロシアは強く反対するでしょう。

アメリカは、その時の状況で、反対するのか、黙認するのか変わるように思います。

決して支持はしないでしょう。

このような状況で持てるのでしょうか。

特に、アメリカに反対された時でも持てるのでしょうか。

「いや、どの国が反対しようが、必要となれば持つのだ」と言えば、なんだか、北朝鮮やイランのようではないですか。

実現可能性を考えるならば、結果的に、核武装の議論をすることにそれほど意味があるとは思えないのですが、もちろん、議論は出来ると思います。

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2006年10月19日 (木)

都合の良い主張

7割以上が「中日関係は重要」と回答 靖国問題が障害(朝日新聞より)

タイトルだけを見ると、日中関係の重要性を訴えるような書きぶりですが、なんだか政治的な意図を感じます。

それを述べる前に、この調査結果は、サンプル数に問題があります。
3000人弱の人に調査をしたとのことですが、中国の人口は13億ほどいるわけですから、40万人に1人が参加したイメージです。

これじゃあ、いくら何でもサンプルが少なすぎるのではないかと思います。
それだけのサンプルで、果たして、中国人全体の意見のような書き方をしてよいのかという問題です。

次に、その3000人弱の人の選び方の問題です。
もちろん、サンプルが少なくても、その人達が本当にランダムで選ばれていれば問題は少ないのですが、実際にはインターネットを使える人だけが対象になっているという点で、ランダムでは選ばれていません。

また、調査の実施主体が、意図的なサンプルの選定(アンケート実施の告知を特定の人にだけ行うなど)を行っていると思われること。(これは私の想像ですが)

以上から、この調査自体の有効性が疑問なのですが、その疑義のある結果を使って都合の良い主張をしているように見えるのです。

まるで、中国が日本に友好的な態度を取ろうとしているのに、日本の方がそれを妨げていると言わんばかりの書き方です。

公平・中立を標榜するのであれば、是非とも、中国による度重なる領空侵犯、潜水艦による領海侵犯、日中境界線付近での排他的な油田発掘、外交官に対する接遇義務違反がどれだけ日本に脅威を与えているかということも報じてもらいたいものです。

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2006年10月18日 (水)

核武装論議

非核三原則を堅持、核武装議論は行わぬ…首相(読売新聞より)

メンテナンス中だったので、少し前の話ですが・・・。
ここまではっきりと言ってもらえると、安心です。
外交では、このようなはっきりとしたメッセージを出していくことが非常に重要だと思います。

もちろん、核抑止力というのは確かに存在するとは思います。

広島と長崎に原子爆弾を落とす決断ができたのも、アフガニスタンやイラクを気軽に空爆できたのも、相手が究極の兵器で反撃してくる恐れがないためであって、これがもし、相手が核兵器を持っていれば、そうはいかなかっただろうと思うからです。

良い例が、キューバ危機ではないでしょうか。

私の好きな映画にサーティーン・デイズというのがあり、これはキューバ危機についての話ですが、アメリカは、非常に辛抱強く交渉を行っています。

13デイズ 〜コレクターズ・エディション〜

もし、核兵器を持っているソビエトがキューバに関わっていなければ、ためらいなく、キューバを空爆していたでしょう。

その一方で、核兵器の保有の正当性を主張することは、時代遅れになりつつあると思います。

例えば、昔は植民地保有の正当性を主張することもできましたが、70年ぐらい前からその正当性が主張できなくなってきたように、核保有についても、冷戦終了後は、最早正当性がないと思われ始めていると思います。

この状況下で新たに核保有をするなどということは、どうしても時代遅れになってしまい、核抑止力によるプラス面を考えても、国際的に孤立するというマイナス面の方が大きいものになりつつあると思います。

こういった問題で言葉を濁してしまうと、間違ったメッセージを発してしまうだけに、総理が明確なメッセージを出されたので、強く賛同してしまいました。

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2006年10月16日 (月)

世の中の見方と見え方(続き)

衝撃はまだ続きます。

物理学は進化し続け、ついには、時間と空間についても説明をしようとしています。

時間についての説明は、正直良く分かりませんでした・・・。

何でも、ゼロ以前の時間を想定することで、宇宙の始まりを上手く説明できるそうなのですが、私の理解を超えているので、省略します(笑)。

ただ、空間の説明の方は、だいぶ分かりやすい。

もちろん、これも説明の仕方は一種類ではないのですが、分かりやすい方を使わせてもらうと、空間も、デコボコしているらしいです。

ちょうど、水が水分子から出来ているように、空間も空間の素というもので出来ていると予想できるそうです。水分子と水分子の間には水がないように、空間の素と空間の素の間には何もないことになります。この空間の素の大きさは、これまた計算で予想することができ、原子核の1000京分の一よりも小さいそうなので、もちろん、見えません。

このように、この空間の素というのは非常に小さいものなので、量子論でいうところの法則に従い、砂粒のようなものではなく、お湯を沸騰させた時に生じる泡のようなものになると思われます(多分)。

これのどこが衝撃かというと、宇宙の果てをイメージしやすくなったかなということです。

よく、宇宙はすごいスピードで広がっているといいますが、じゃあ、その先には何があるんだと前から思っていたわけです。ただ、空間の素というものが想定されるのであれば、要は、宇宙の果てには、その素さえないというわけで、何もないということがあり得るなと思うわけです。

ただ、著者も少しほのめかしているのですが、結局、世界の真の姿を知ることは出来ないのではないかと言ってます。

恐らく理由は二つ。

一つ目は、宇宙が出来た後に、人間の脳が出来たので、そもそもそんな人間の脳に、宇宙の発生など、自分を創った世界の姿を知ることができるのだろうかという疑問。生みの親を理解できるのかという感じでしょうか。

二つ目は、怖い話ですが、全てが虚構かも知れないという恐れ。要は、このように考えていること全てが虚構かも知れないという予想があり得るということ。ちょうど、映画の中の映画という状態が永遠に続いているようなイメージですが。

すべてが虚構かもしれないなどという結論が、物理学から出てきそうだというわけですが、そんなことがあっていいのだろうかと混乱しつつも、妙に納得してしまうのでした。

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2006年10月15日 (日)

世の中の見方と見え方

物質をめぐる冒険―万有引力からホーキングまで

世界が変わる現代物理学

竹内薫さんの上記2冊を読みました。

私は物理の素養は全くと言っていいほどないのですが、この2冊は物理というよりも哲学の本だと思いました。

物理学者がどのように世界を理解してきたかということが書かれていますが、それはとりもなおさず、世界をどのように見てきたかということの説明です。

どちらも、主要部分の説明は、相対性理論と量子論なのですが、さらに進み、現在はどのような世界の理解の仕方があるかということも説明しています。理解した範囲で説明をさせてもらうと、

例えば、私が高倉健主演の映画を観ているとします。そして、その映画の中で、高倉健は三船敏郎主演の映画を観ているとします。

この時、私は、自分が住んでいる世界が本物で、高倉健が演じている映画の世界は偽物だと思って観ています。しかし高倉健が演じる人間の視点で考えてみれば、高倉健が演じている人間は自分のいる世界が本物で、三船敏郎が演じている映画の世界こそが偽物だと思っているはずです。

しかしここで、もし三船敏郎演じる人間が、さらに別の映画を観ていた場合、当然に、三船敏郎演じる人間は、自分のいる世界が本物で、彼が観ている映画の世界が偽物だと思っているはず・・・。

では、どれが本物なのかと。

答えは、どれもが本物であるということ。

私にとっては、現在自分が住んでいる世界が本物なのであり、高倉健が演じる人間にとっては、その周りの世界が本物なのであり、三船敏郎が演じる人間にとっては、その周りの世界が本物なわけで、どれが偽物であるなどということは、別の世界にいる人間が言うことでしかないということ。

これが相対性理論の核になる考え方です。(多分)

そうだとすると、「同じ物理現象を観測しているのに、観測者によって観測結果が違ってくる」(世界が変わる現代物理、P.99)ということも意味が分かる気がします。

次に、量子については、これは非常に小さくて、ちょっとしたことでも影響を受けてしまうものなので、観測という行為自体も量子の状態に影響を与えてしまうことになります。

そのため、量子とは、観測してみないと、どこに存在するかということさえ確定的には分からないけれども、観測した後には、観測の影響を受けてしまっているので、観測以前とは違う状態になってしまっているかもしれないという、そのようなものです。(多分)

その結果、「観測してみないことには、その位置や状態が確定的に決まらない」ものが存在するということは、このことはとりもなおさず、「観測者がいなければ、存在しているとも、また、どのような状態であるともそもそも言えない」という考えが出てきます。

これって、同じような議論が哲学にもあるではないかと。

物理と哲学が同じようなことを考えていることに、驚いた瞬間でした。

(続きは明日)

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2006年10月14日 (土)

大人の対応

ニュー安倍 君子豹変ですか(朝日新聞社説より)

何をやっても権力者は支持されないという好例だと思います。

内閣総理大臣の候補者の段階と、内閣総理大臣になった後とでは、当然に発言の慎重さは変わるでしょう。もちろん、基本的な態度が大きく変わっては駄目なのでしょうが、個人的信条と、内閣総理大臣として国会でどのように答弁すべきかということは、必ずしも一致するものでもないでしょう。

中国、韓国への訪問を控えていた状況下では、余計に気を遣ってもおかしなことではなかったはず。

もちろん、この社説は表面上は批判しておらず、皮肉を投げかける体裁を取ってはいますが、とりあえず突っ込めそうなことを見つけては皮肉ってみるという態度はいかがなものかと。

ジャーナリズムとは、そんな子供の喧嘩のようなことではないはずなんですが。

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2006年10月13日 (金)

初めに

どのくらいの頻度で更新できるのか分かりませんが、政治や外交について好き勝手に書いていきたいと思います。

たまに、読んだ本についても書いていきたいとは思っています。

ケロロ軍曹というのは良く知らないのですが、この背景を使って政治を論じるのも、冗談なのか本気なのか分からなくて良いかと思い、選んでみました。

ちなみに、ココログを選んだのは、眞鍋かをりさんの影響です(笑)。

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