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2006年10月15日 (日)

世の中の見方と見え方

物質をめぐる冒険―万有引力からホーキングまで

世界が変わる現代物理学

竹内薫さんの上記2冊を読みました。

私は物理の素養は全くと言っていいほどないのですが、この2冊は物理というよりも哲学の本だと思いました。

物理学者がどのように世界を理解してきたかということが書かれていますが、それはとりもなおさず、世界をどのように見てきたかということの説明です。

どちらも、主要部分の説明は、相対性理論と量子論なのですが、さらに進み、現在はどのような世界の理解の仕方があるかということも説明しています。理解した範囲で説明をさせてもらうと、

例えば、私が高倉健主演の映画を観ているとします。そして、その映画の中で、高倉健は三船敏郎主演の映画を観ているとします。

この時、私は、自分が住んでいる世界が本物で、高倉健が演じている映画の世界は偽物だと思って観ています。しかし高倉健が演じる人間の視点で考えてみれば、高倉健が演じている人間は自分のいる世界が本物で、三船敏郎が演じている映画の世界こそが偽物だと思っているはずです。

しかしここで、もし三船敏郎演じる人間が、さらに別の映画を観ていた場合、当然に、三船敏郎演じる人間は、自分のいる世界が本物で、彼が観ている映画の世界が偽物だと思っているはず・・・。

では、どれが本物なのかと。

答えは、どれもが本物であるということ。

私にとっては、現在自分が住んでいる世界が本物なのであり、高倉健が演じる人間にとっては、その周りの世界が本物なのであり、三船敏郎が演じる人間にとっては、その周りの世界が本物なわけで、どれが偽物であるなどということは、別の世界にいる人間が言うことでしかないということ。

これが相対性理論の核になる考え方です。(多分)

そうだとすると、「同じ物理現象を観測しているのに、観測者によって観測結果が違ってくる」(世界が変わる現代物理、P.99)ということも意味が分かる気がします。

次に、量子については、これは非常に小さくて、ちょっとしたことでも影響を受けてしまうものなので、観測という行為自体も量子の状態に影響を与えてしまうことになります。

そのため、量子とは、観測してみないと、どこに存在するかということさえ確定的には分からないけれども、観測した後には、観測の影響を受けてしまっているので、観測以前とは違う状態になってしまっているかもしれないという、そのようなものです。(多分)

その結果、「観測してみないことには、その位置や状態が確定的に決まらない」ものが存在するということは、このことはとりもなおさず、「観測者がいなければ、存在しているとも、また、どのような状態であるともそもそも言えない」という考えが出てきます。

これって、同じような議論が哲学にもあるではないかと。

物理と哲学が同じようなことを考えていることに、驚いた瞬間でした。

(続きは明日)

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